まだまだペンキぬりたて

ライトノベルの感想

『小説の神様 わたしたちの物語 小説の神様アンソロジー』感想

小説の神様 わたしたちの物語 小説の神様アンソロジー (講談社タイガ)

ストーリー
「小説は、好きですか?」わたしたちはなぜ物語を求めるのか。新作を書けずに苦しむ作家、作家に憧れる投稿者、物語に救われた読者、作品を産み出すために闘う編集者、それを届けてくれる書店員……わたしたちは、きっとみんなそれぞれの「小説の神様」を信じている。だから物語は、永遠だ。当代一流の作家陣が綴る、涙と感動、そして「小説への愛」に溢れた珠玉のアンソロジー

アンソロジーって普段はあんまり読まないんですけど、今回は大好きな作家さんが、大好きな作品のアンソロジーに参加していると知って、居ても立ってもいられずに読みました。『小説の神様』本編との繋がりは濃い薄いあったけれど、どの短編も作者の小説への思いの深さが聴こえてくるような素晴らしいお話ばかりでした。それぞれ感想書いていきます。


降田天「イカロス」
若くしてデビューしスランプに陥ったライトノベル作家と、彼女とは住む世界が違うはずだったギャルな友人のお話。
本編主人公を彷彿とさせるような鬱々とした主人公・しほりの姿には苦笑いしつつ、そんな彼女の心の窓を開いてくれるような友人・花実の登場に胸が踊りました。ギャルってやつはやっぱり“救い”なんだよな……。
小説が編集作業によって変えられてしまう、なんて話はネットのどこにでも転がっているような陳腐なもので、でもそれを書いた当人にとってはそうではなくて、しほりの魂がどんどん削られていくさまにはこちらの胸も傷つけられていくようで、辛いものがありました。唯一の友人をそのはけ口に使ってしまった痛みも、また。
生み出す者の辛さは、僕らには想像することしかできないので、だからこそ声を届けることが大切なんだろうと思います。ほっと前を向けるような終わりで良かったです。


櫻いいよ「掌のいとしい他人たち」
とある理由から本を読まなくなってしまった書店員の大学生のお話。
ネット上で本の感想を書き続けていると、ときどきどこまでが自分の本当の感想なのか分からなくなることがあります。主人公の彼と同じように、最初は誰かと感想を語り合いたくて始めたはずだったのに、たまに感想がプチバズったりすると、なんだかそのためにブログを更新しているような気もしてきて、ふと振り返って嫌になってしまったり。
でも、やっぱりやめられないんだよな。本を読むのも、感想を書くのも。なんだかめんどくさくなって半年くらい離れちゃっても、結局戻ってきちゃうんです。だって好きだから。
林藤さんの素直でまっすぐな感性にはちょっと衝撃を受けました。僕も彼女くらい自由に小説を楽しめるようになりたいです。


芹沢政信「モモちゃん」
ライトノベル新人賞に送っては落選を繰り返す女子高生のお話。
投稿生活を送るうちに受かる小説とはなにかみたいなことを考えはじめて自分の小説を見失う、みたいなのってわりとあるあるなのかな。本編主人公もいつも似たようなことを言ってますが。
幽霊が書いてきた小説を読んだり物語の世界に入ったりホームズが空を飛んだり、わりとカオスな世界観の中にも主人公が自分の小説の原点を見出していくというストーリーがちゃんとあって、楽しくもじんわり染みるお話でした。
ところで、芹沢先生の本はTwitterで見かけて買ったまま積んであったので作者の来歴を読んで今更びっくりしました。『ストライプ・ザ・パンツァー』の人だったのか! 『絶対小説』も近いうちにきっと読みます。


手名町紗帆「神様への扉」
コミカライズ版『小説の神様』を手掛ける手名町先生による短編漫画。秋乃が文芸部に入るきっかけを描いたお話なのですが、九ノ里がいつも以上にアグレッシブで笑ってしまいました。陽キャJKに真顔でラノベをオススメするんじゃない。秋乃とラノベ談義したいなあ。


野村美月「僕と“文学少女”な訪問者と三つの伏線」
あの野村美月先生が『小説の神様』のアンソロジーに参加すると聞いたらそれはもう欣喜雀躍の上に叩頭跪拝して有り難く読ませていただく他はないわけなんですけれども。
振り返ってみるとこの短編がこのアンソロジーで唯一(相沢先生も含め)、一也を主人公に据えていたのですが、全く違和感なく一也の語りとして読めてしまっている自分に気付いて、改めて野村美月という作家の凄みを感じた次第です。もっとも、一也は元々野村先生が得意そうな語り調子ではありますが……(笑)。
物語の垣根を超えて一也があの文学少女と出会うという衝撃。彼女が一也の文章をおいしそうに味わっているという奇跡。もうなんも言えないんですけど。なぜだか泣きそうになってしまいました。
一方で、秋乃に近づこうと密かにがんばる女王様とか、一也から不意打ちを食らって赤面する小余綾とか、ピンポイントなニヤニヤ要素まで入っていて完全K.O.でした。
おまけではしっかり文学少女のグルメ小説評論も披露されていてもはやむせび泣きました。ありがとう……ありがとう……この出会いに乾杯……。
野村先生がnoteで書き下ろされている記念SSも本作の裏話的なお話にしてあの頃のラノベ読みが全員かいしんのいちげきを食らうような一作なのでぜひご一読あれ……。
『小説の神様』アンソロジー参加記念SS『“文学少女”な奥さんの世界一のごちそうは?』|野村美月|note


斜線堂有紀「神の両目は地べたで溶けてる」
たまたまとある作家の本を読んだ男子高校生が、その作家の大ファンの女子高生の布教活動に振り回されるお話。
先ほどの感想の話にも繋がるのですが、ブログへのアクセス数がどれだけ伸びても、リツイートが増えても、好きな作品のためにいち読者にできることなんて結局全然ないんだなって、いつも思っています。
せめて、誰か10人の目に触れて、その中の1人でも買って、読んで! と思っているのですが、結局それって本の売上的には、僕がもう1冊買うのとなんら変わりないわけで。ときどき心の底から売れてほしい本に出会うと、より顕著にそう思います。
水浦しずのファンである岬は、そんな僕なんかよりももっともっとずっと凄くエネルギッシュで、推し作家のために全力で生きている感じで、高校生ならではのありあまる若さがキラキラ輝いて見えていたのに、そんな自分に限界を感じてもいるというあたりには自分と重なる部分があって、モヤモヤしてしまいました。宝くじで3億当たったらこの本を買い漁って配りまくってやるのにとか、僕もよく妄想したよなあ。
斜線堂先生の本はずっと読んでみたいと思いつつもタイミングを逃していたのですが、今作の出だしと終わりとタイトルに素晴らしいハイセンスを――洞穴を――感じたので、この機会に読んでみようと思います。オススメ募集中です。


相沢沙呼「神様の探索」
ここで真打ち登場。一也と小余綾がタッグを組むきっかけを作った編集者・河埜視点のお話。
編集者という生物は、仙人が霞を食べるように多忙を食べて生きているらしい……そんな噂をよく耳にしますが、こうして小説としてその働きぶりを見ると改めてそのトチ狂いっぷりが伝わってきますね……。
一也の目からは一見突き放されたように思えたり、勝手にコラボを決められたりしたように思えた河埜の姿も、彼女視点ではだいぶ違って見えました。大人だけれど、大人だからこそ思い悩む高校生作家との関わり方に悩んだり、悩んだ挙げ句にミスをしたり、しちゃうもんなんだよなあ。
でも、それを乗り越えた先に掴み取ったものはきっと作家と同じような気持ちであって、編集という仕事の素敵な部分も同時に味わわせてもらったように思いました。
一也とのファーストコンタクト時の小余綾の気持ちとかも語られているし、わりとこれ本編読者必読の短編なのでは?


紅玉いづき「『小説の神様』の作り方――あるいは、小説家Aと小説家Bについて」
小説の神様』の某ヒロインが紅玉先生をモデルにしたというのは有名な話、なのですが、そんな紅玉先生の短編ときたら……いや、笑うしかないでしょ、こんなの。
小説というか、エッセイ? どこまでが本当の話? 全部本当だと仮定して書くけどやっぱり凄いなこの人、彼女のモデルだけはあるわ……。
原作者を差し置いてアンソロジーのオーラスに持ってこられるのもわかる、あとがき代わりにピッタリな裏話的一編でした。『小説の神様』、売れてくれて本当に良かったです。もっと売れろ。百万部売れろ。