まだまだペンキぬりたて

ライトノベルの感想

『小説の神様 あなたを読む物語(上)』感想

小説の神様 あなたを読む物語(上) (講談社タイガ)

ストーリー
もう続きは書かないかもしれない。合作小説の続編に挑んでいた売れない高校生作家の一也は、共作相手の小余綾が漏らした言葉の真意を測りかねていた。彼女が求める続刊の意義とは……。その頃、文芸部の後輩成瀬は、物語を綴るきっかけとなった友人と苦い再会を果たす。二人を結びつけた本の力は失われたのか。物語に価値はあるのか? 本を愛するあなたのための青春小説。

物語をあいする全ての人に。
待ちに待った2年越しの続刊ということで読む前に前作を再読したんだけれども、改めて読んでもあまりに魂を深く揺さぶられるお話で、ほんとうにあんまりに凄くて、このお話の続きが今から読めるんだということに手がふるえてしまって、いてもたってもいられなくてすぐに読みました。続編が描かれることで「1巻で終わっておけばよかったのに」といったようなことにならないかと、ちょっぴり心配もあったんですが杞憂でした。最高でした。
上下巻構成の上巻ということで問題ばかり積み上がっていき、一也も小余綾もそして成瀬も悩んで立ち止まってばかりだけれど、そんな日々の中でも彼らが思い出したように口にしていく小説への愛、物語への哲学がどれもこれも素敵で、僕は小説は書かないけれども、本が好きな一人の人間として読んでいてとても嬉しくなるのです。
今回のテーマは「物語の続刊を書くことの意義」。一度終わりを迎えた物語を続けるということはどういうことなのか。それはまさに今作のことそのもので、続きが出るまでに2年かかったということはその間にも色々なことがあったに違いなく、相沢沙呼という作家が思っていたことももしかしたら作中にチラホラ描かれているかもしれなくて、そんなことを想像しながら読むのも楽しい読書体験となりました。
何度でも声を大にして言いたいんですけれども、本を読む全ての人に読んでほしい。そう純粋に思える奇跡みたいな、宝物みたいな作品だと思います。


一也と小余綾があれだけ何度もぶつかって悩んでようやく完成した1冊の本。自信を持って世界に送り出した特別な一冊。
でも読者は、作家の努力や作品に込めた思いの大きさなどとは関係なく、ネットであっけらかんと主人公の性格をこき下ろしたりする。万の読者には万の受け取り方があって、作者の願いがそのまま読者に届くとは限らない。そんなことは重々分かっているけれども、やっぱり切なくなってしまうし腹も立つ。僕自身感想ブログなんかを曲がりなりにも書いている一読者として身につまされるところがあります。
そんな読者の意見もあり、小余綾とのコンビのことを考えてしまう一也。あれだけ二人で一緒に、と願って書き上げた本なのに、やっぱり一也は自分の文章に自身が持てなくって、小余綾のストーリーに自分はふさわしくないのではないかなんて思ってしまう。小余綾がそんなことを欠片も思っていないのは傍目にも十分わかるんだけれども、才能の差を一番近い場所で感じているからこその引け目っていうのはあるよなあ。一也の気持ちもわかっちゃうなあ。
一方の小余綾は、続刊を出すことに疑問を持ってしまい悩みます。主人公が失敗しながらも成長する姿を描ききったはずなのに、その後の話を描いてよいのか。これはきっと小余綾が人一倍物語というものに対して真摯に接しているからの悩みであって、続けられるもんは続けたらいいという一也の意見とは真逆で、小説家としての二人のスタンスの違いに面白みを感じました。
せっかくコンビでデビューしても、それぞれがそれぞれで立ち止まってしまう。実に彼ららしい。でもそんな二人も、一緒に作品を作り上げたいという思い自体はもうぶれていない。それた前作を通して間違いなく二人が前に進んだ部分であって、だからこそこのちょっとした関係性の変化が嬉しいんだなあ。


今回の語り手は一也だけでなく、文芸部の後輩・成瀬とかわるがわるの視点で描かれました。
一也や小余綾みたいに商業の場ではないにしろ、小説を愛し小説を書いている自分について、喜びとともにさまざまな鬱屈した思いを抱いている彼女。
成瀬にとっては一也も小余綾も小説への思いを強く持った尊敬すべき先輩で、成瀬視点になると二人の小説語りがやたら輝いて見えてくるから不思議です。特に小余綾の物語に対する哲学はすごい。実に美しい言葉で綴られてゆくその台詞の端々から、彼女が物語への情熱に満ちていることが強く強く伝わってくる。時々、あっ、というほど共感できてしまう瞬間があって、書き手と読み手という違いはあれど、本が好きという人間同士、同じ部分もあるんだなあとほっこりしてしまいます。
そんな先輩たちから勇気をもらう一方で、小説に対して偏見を抱く友人たちの中で肩身の狭い思いをする成瀬。
確かに小説を読むというのは華の中高生の中では地味でマイナーな趣味なのかもしれず、特にライトノベルなんて、その中ですら偏見を受ける存在かもしれない。一也ほど達観することもできず、小余綾ほど強くあることもできない彼女ならではの、でも世の中にありふれた悩みだと思います。
さらには、成瀬が中学時代に出会いそして辛いすれ違いをしてしまった少女との再会もあり、取り返しのつかない痛みから一歩抜け出すことができるのかというのが、下巻での彼女の大きな分かれ道になるでしょう。


結局のところ、一也の視点でも成瀬の視点でも、行き着く場所は同じでした。それは前作からずっと問われ続けてきた「物語は人の心を動かすことができるのか」というとても大きな、小説というものの根幹を問うようなテーマです。
普遍的な答えは見つからない問いかもしれないけれども(そして僕自身は、少なくともこの作品によって心を動かされまくりだけれども)、来月発売の下巻で、少なくとも一也や小余綾や、成瀬なりの答えが出てくるのだろうと思います。
もう早く読みたくて仕方がないんですが、どれだけ気が急いても一ヶ月が三秒で過ぎてくれたりはしないので、一也たちに思いを馳せながら首を長くして待ちたいと思います。楽しみにしています。


一也と小余綾の少しずつのデレによって、ラブコメディとしても極上の味わいになりつつあるぞ……!