『かくりよ神獣紀 異世界で、神様のお医者さんはじめます。』感想
ストーリー
名により本質が定められる『此の世』――亥雲の国に転生した八重。ある日、化け物に襲われた八重は、かつて神だったという金虎・亜雷を解き放つ。俺様な彼に振り回されて弟捜しを手伝うが、見つけた弟・栖伊は本質を失い、異形と化す病に冒されていた。亜雷は、独特な魂を持つ八重ならば栖伊を治せると言うが……? 「おまえのために俺は解き放たれた」アブない虎に懐かれて、魂の意味を取り戻す“神様治療”はじめます!
あやかしや神仏、まじないや神通力といった超常現象が普遍的に存在する異世界へ転生した主人公が、神獣との出逢いの果てに化け物を癒やす医者として働くことになる和風怪異譚。
みかこさんの熱烈な布教活動に負けて一読。糸森先生の作品は初めて読みました。世界観の作り込みがたいへんに綿密で、不気味でおどろおどろしい和の雰囲気を出していくのがまた抜群に上手いですね。
人に好かれたいけれどそれを口に出せない少女が、鬱々と思い悩みながらも、頼れる仲間を得て一歩踏み出していく姿に胸が温まりました。
「迂路児」に「奇物」に「四環」に「朧者」に……。物語当初から怒涛のように押し寄せる単語の数々に目が回ります。
和風ファンタジーにはほんと疎いもので、なにか参考にした伝記や昔話があるのか、全て作者オリジナルの設定なのかはわかりませんが、あまりに濃密な物語世界だったために多少のとっつきづらさを感じたのが正直なところ。しかしそれだけに、読みすすめてゆくといつの間にかどっぷりその世界に浸りきっている。すぐれたファンタジー作品は得てしてこういう一面を持っているのですよね。
個人的にまず目を奪われたのは主人公・八重の行う奇祭の場面でしょうか。提灯と枇杷を手に持ち、謎めいた呪を唱えながら神とも妖ともつかぬ異形の者を追い立てる――「だるまさんがころんだ」の要領で――とか最高。生理的な気持ち悪さがあってゾクゾクしますね……。
純粋に古代日本の世界観と思いきや、主人公の家が巨大なウイスキーの瓶だったりするのもニクいところ。細かい部分で、作者独自のワールドを見事に演出しているなあと思います。
前世の記憶を強く持ち、魂の四環から外れた「無性」であるために人々からひとつ遠ざけられてきた八重。
隣の集落に輿入れしたにも関わらず、化け物に襲われたら他の者が逃げるための犠牲として差し出されるなど、自分ではどうにもならないことでいつも不遇な扱いを受けてしまう彼女。
色々なことを諦めてきて、他人に好かれたい、愛されたいと思いつつもそれを表に出すことができなくて、そっと目を伏せる。八重が封印を解いた亜雷に「俺はおまえのもの」と言われたところで、初めに殺されかけたことが気になって信じきることができない。亜雷とその弟の栖伊との新生活も、一見楽しそうだけれど、八重の本質的な部分は何も変えられなくて切なさが募る。そんな姿がとても息苦しく、また生き苦しそうで、見ていて哀しくなってきます。
誰かに認めてほしいという自分を認めて、それを表現することは、前世で一度大人になってしまった少女にはなかなか難しいことで。
でも、叫びさえすれば助けてくれる不躾な虎が、今の彼女にはついている。少しだけ前を向けるようになった八重が、これからどんどん、彼女にしかできないことをやってのけていくことを楽しみにしています。
イラストはIzumiさん。年齢の割に幼い見た目の八重と、もふもふな虎さん2匹のコントラストがいいですね。
でも人間モードの亜雷・栖伊と八重の収まり感もいいな。
八重に撫でてほしくて近寄ってくる虎モードの兄弟がかわいすぎて和む。