まだまだペンキぬりたて

ライトノベルの感想

とある飛空士への恋歌5

とある飛空士への恋歌 5 (ガガガ文庫)

とある飛空士への恋歌 5 (ガガガ文庫)

  • ストーリー

休戦と引き換えに空の一族が要求してきたのは、風呼びの少女ニナ・ヴィエントの身柄。
別れの前にクレアに会いたいと、カルエルたちはイグナシオに取りなしを求める。
出立の日、機会を得たカルエルは、その思いの丈をクレアにぶつけるのだった……。


高い空を超えて、恋の歌を響かせる物語、ここに完結。
圧倒的なスケールで、最後まで駆け抜けてくれました。


逃れられない運命に翻弄される、少年と少女の恋。
クレアが犠牲になればたくさんの人々が救われるのだけれど、カルエルが誰より救いたいのは、他ならぬクレアその人。
やっと長年の憎しみを乗り越えて、想いが通じ合って、そして今、愛する少女と引き離されようとしているのに、ちっぽけな少年ひとりには、どうすることもできない。
カルエルは感情にまかせ、ふたりで逃げようと言ってしまいます。
そんな風に告げられたクレアはどれほど嬉しかったことでしょう。でもそれは、現実を見ていない、ただの夢物語でした。
クレアだって、苦しんで苦しんで、苦しみ抜いた末での決断だったに違いありません。全て、目の前の少年を含む、愛する人たちのために。
たとえ離れてしまっても、生きてさえいれば絶対にまた会える。そう信じて。
別れの前に少しだけ許された大切な時間だったけれど、こんなときでもカルエルはどうしようもなくヘタレで、言いたいことが伝えられない。
そんな彼が最後の最後にクレアへ投げたことばに、胸が詰まります。
とても儚い、でも大きな願いを載せた、ひとつの約束。
何の根拠もないけれど、必ずこの約束は守られる。そう思ってしまえるほどに、ふたりの絆を強く感じる場面でした。


世界の果てで人々を待っていたのは、衝撃の事実と旅の終わり。
イスラの壮麗さ、荘厳さが、まるで実際に見ているかのように伝わってきます。
本当にこの作品は情景描写が素晴らしくて、空が、海が、さまざまなことばで飾り立てられ、そこに無限の広がりを感じさせる。
そんな、消え行く空飛ぶ島の美しい眺めは、時に楽しく時に悲しかった、今までの旅での出来事をひとつひとつ思い出させてくれました。


長い旅が終わって、嬉しい再会と、淋しい別れが訪れる。
そんな中で、カルエルは新たに決意します。クレアとの約束を果たし、再び彼女に会うために。
小さな約束が大きなうねりとなって、運命を変え、未来を切り開いてゆくさまに鳥肌が立ちました。
ああ、今、恋の歌は、世界に響いた。


忘れてはならないのが、カルエルやクレアと旅し、支え、共に過ごした仲間たちのこと。
アリエルをはじめ、カドケス高等学校飛空科の生徒たち。先生たち。ルイスやイグナシオ。みんな素敵な人たちばかりです。
描かれていることは多くはないけれど、ひとりひとり別々の気持ちや信じるものを抱えている。
そんなキャラたちがいちいち愛おしく、それぞれの人生に思いを馳せずにはいられません。
特に、カルエルを叱咤し、見送ったアリエルにとって、この恋物語は、必ずしもハッピーエンドではないのかもしれない。
それでも彼女はきっと、この感情を大切に胸にしまって、強く生きていきます。思い出はずっと優しく、彼女を包みこんでいくのでしょう。


全ての終わりは、やはり空と、恋と、そして歌。
たっぷりの幸せにちょっぴり切なさが混じって、胸がいっぱいになって、何も言えなくなる。そんな読了感でした。
この作品に出会うことが出来て本当に良かった。
犬村先生、森沢さん、そして全ての登場人物と、空飛ぶ島・イスラに。ありがとう。