まだまだペンキぬりたて

ライトノベルの感想

【実写映画『氷菓』感想】原作ファン的には結構よかったよ、という話

hyouka-movie.jp
 実写映画『氷菓』観てきました。漫画やアニメが実写化されるとすぐに叩かれる昨今の風潮がそもそも個人的には大嫌いなのですが(そもそも氷菓は小説原作だし/『氷菓』実写化がアニメと全然違う!→ちょっと待って!原作は小説だよ - Togetterまとめ)、えるたそが京アニの作画と違いすぎるからクソとかほざいちゃう人を黙らせるにはちゃんと観て正しい“ヒョウカ”を伝えるしかないわけです。で、観ました。第一印象でもすでになかなかいい出来だと思ったのですが、原作やアニメとも比べたくなったので原作を読み返して、ついでに漫画版とアニメも見て、もう一度劇場へ足を運びました。以下、ざっくりと感想を書いていきますが、ネタバレアリアリなので未見or未読の方はこの先は読まず、ぜひ映画館へ。





――以下ネタバレアリ――
●キャラクター
折木奉太郎(演:山崎賢人:見た目はかなりホータローのイメージに近い。初見では「ちょっと声低すぎ、ボソボソすぎない?」と感じたが観てるうちにこんなもんかと思うようになった。思考に入るときの演出が面白い。「ホータローはこんなことしない!」と一部で話題の“摩耶花つきとばし”の件は、一度思考に入ったら周りが見えなくなるというキャラ付けだと思ってあまり気にならなかった。
千反田える(演:広瀬アリス:千反田のイメージからするとちょっと洋風すぎる顔立ちかなという印象。髪が少し茶色がかっているのも気になるが許容範囲か。目が大きくて目立つのは原作準拠。気になりますの際にホータローの腕をつかんで離さないのは原作にない行動だが、アニメのような目の演出は実写では不可能なのでそのかわりかな。ちなみに千反田も図書室でホータローをつきとばしてたけど、それについては同上。あと細かいことを言えば、千反田家の中の歩き方がちょっとお嬢様っぽくなかったのが惜しい。でも他の面はおおよそ許容範囲。しっとりとした喋り方がよかった。
福部里志(演:岡山天音:高校1年生の設定にしてはちょっと老け顔かなあ。でも演技はいい。里志の胡散臭さが存分に出ている。アニメでも大概だったけれど実写だとより胡散臭いなこの似非粋人は。「ホータロー、わかったね?」がどうやら決め台詞になってるらしいけど、これもキャラ付けの一環か。
伊原摩耶花(演:小島藤子:か、かわいい。かわいくない? 僕の好みってだけですか? いかにも女子っぽい鼻にかかった感じの話し方も好き。「おーれーきー?」がたまらん。気付いたら摩耶花を目で追ってる自分がいてアレ。千反田家からの帰り道で摩耶花の出番が増えていたのは、『氷菓』だけだとどうしても彼女の印象が薄くなってしまうからかも。「憧れてんじゃないの? 薔薇色に」の笑顔もかわいかったです(ただのファン)。
糸魚川養子(演:斉藤由貴:実写化でたぶん一番印象が変わった人物。しかし斉藤由貴さんの演技が抜群にいい。予告の通り「鍵を握る女」感がすごい出てる。


●ストーリー
 だいたいの流れは原作に沿ってました。あと、古典部部室が「地学講義室」ではなく「地学準備室」であったり、千反田に入部届を提出するシーンがあったりと、原作ではなくアニメ準拠の設定も多かったですね。小説/アニメと大きく変わった印象があるのは、
①文集を地学準備室内で発見すること(遠垣内先輩の謎解きカット)
②関谷純の六月斗争でのエピソードの追加(糸魚川先生についてのちょっとした謎解き追加)
③関谷純の失踪タイミングが「千反田を泣かせた次の日」となっていたこと

というところでしょうか。
 ①に関しては単純に尺の問題かな。もしかしたら未成年の喫煙描写が問題になったかもしれないけれど、アニメでもやったもんなあ。遠垣内先輩を追いつめるホータローの鬼畜っぷりが好きなんで、これはちょっと惜しかったです。
 ②は今回の実写映画の中で一番大胆な翻案かも。確かに原作では、関谷純が運動の名目上のリーダーにさせられたことについての明確な理由付けがされていなかったので、むしろより納得のできる流れになっていたと思います。そして糸魚川先生まさかのヒロイン化(笑)。
 ③もまた印象的な変更点でしたね。関谷純の失踪の理由は、原作では強くは述べられず、読者の想像に任されていた部分が大きかった。しかし今回の実写映画では、千反田に古典部の話をした翌日の失踪ということで「たぶんそういうことなんだろう」というところまで語られている。これを語りすぎと捉えるかどうかは個々人の趣味によるでしょうが、映画として見るのなら、私としてはこれくらい丁寧にやってちょうどいいのではないかと思いました。


●総合
 キャラ付けのために登場人物の決め台詞や特徴的な言動を増やした点、そしてストーリーに新解釈を入れて関谷純についてより詳しく描こうとした点、このあたりを見るに、実写化において重要視されたのは「わかりやすさ」と「説得力」ではないかなと思います。ミステリー小説では必ずしも多く語ることがよいとは限らないけれど、今回は実写映画ですし、ミステリー好きではない客層も観るだろうし、文字媒体よりも多く語らねばならないというのはむしろ必然かなと。
 実際、わかりやすさという点ではかなりいい線行っていたんじゃないかと思います。特に千反田家での古典部会議などは、アニメよりもかなりスムーズに頭に入ってきました。あの場面は文書資料を扱う関係でかなり映像化しにくい部分だと思うんですが、原作とアニメでは摩耶花が提出した「団結と祝砲」を里志が持ってきたという設定にする*1など細かい変更を加えて、観客にもわかるように上手いこと説明できていたように思います。まあその一方で、謎解きのランクはだいぶ下がってしまいましたが……。しかし元々映像でちゃんとミステリーをやろうという方が無茶というもので(実際、アニメのこの場面はどうも上手くない)、この辺がちょうどいい落とし所かなと思います。個人的には文句なしに拍手できました。
 関谷純の失踪の理由が示唆された上で、ベナレスの話を持ち出してくるのはまた上手いことやったなと感心。映画冒頭が映画ラストにつながる、綺麗な構成になっていましたね。
 全体としては、原作至上主義(もしくはアニメ版至上主義)の人は文句をつけるかもしれないけれど、これはこれで別のものとして観ることができる人なら素直に楽しめる映画になっているんじゃないかと思います。少なくとも、一般的原作ファンの私は大いに楽しめました。特に関谷純に関する新たな解釈はとても楽しく見せてもらいました。キービジュアルや予告だけ見て忌避しちゃっている方も、騙されたと思って観に行ってみてはどうかと思います。少なくとも、原作が好きなら観て損はないんじゃないかなあ。


以下、雑感を箇条書きで
・折木姉の手紙の字がめっちゃ丸文字でかわいい(笑)
・地学準備室が4階(原作/アニメ)から3階に変更になったのはロケ地の問題か
・図書室カウンター上に綾波レイのフィギュアがあるのがなんかリアル
・関谷純の名字、原作とアニメでは「せきたに」なのに実写では「せきや」に変更。関谷祭→カンヤ祭への変化をスムーズにするため?
・「カンヤ祭では模擬店禁止」を知っていたのが千反田(原作)から里志(実写)にすることで、千反田が過去の自分の発言に反論される矛盾を解消
・千反田家の会議の時点でホータローがカンヤ祭=関谷祭だと気付く→ホータローの推理力の高さアピール?
・やっぱり摩耶花かわいいわ……(やっぱりただのファンじゃないか)(『クドリャフカの順番』のコスプレが見たいです)

*1:他、摩耶花の資料にはっきり「教師」と書いてある、学校史に「火災」のことが書いてあるなど

『処刑タロット』感想

ストーリー
クリア率98%のVR脱出ゲームを、ただひとり“真のバッドエンド”で迎えた高校生の鳴海恭平。その腕前をゲームの制作者である片桐渚に見込まれた鳴海は、死のリスクがあるという裏の脱出ゲーム「サドンデス」に招待される。鳴海はある人物を探し続けていた――デスゲームに身を晒し続ける“死にたがり”のクラスメイト・梨々花。しかしゲームの中で再会を果たした彼女は、「処刑タロット」と呼ばれるカードの呪いに囚われていた! 梨々花を救うためには、危険なゲームをクリアし、すべての「処刑タロット」を集めるしかない。だがゲームには、他にも様々な事情でカードを手にした少女たちが参加していて……!?

土橋真二郎先生の新作はタロットをモチーフにした脱出デスゲームもの。
まあいつもの調子ではあるんですけど、ゲームにいまいち統一感がなくて全然別の話を読んでるようだったのが、ちょっともったいないかなと思いました。
それぞれの話はよかったです。特に2つ目「異世界RPG」のあっさりした結末は好みですね。


今回のテーマは脱出ゲームということで、無人島からの脱出、VR世界のRPGからの脱出、樹海のダンジョンからの脱出が描かれました。お話として好みなのはRPG、ゲーム的に一番面白かったのは樹海ですかね。
RPGは、ゲームの仕組み自体は大したことないんだけれど、やることをやったらサクッと世界からいなくなっちゃう主人公たちのリアリストぶりがいい。まあ後味は悪いんですが、ゲームはゲームだしね。
樹海は、なんとなく一番いつもの土橋作品らしいかなと。カードを集めてアイテムを得る中でトレードという概念が生まれ、人間関係が変化していく。エロもあれば残酷な罰ゲームもある。発想の転換によって脱出方法がわかる展開もよかったですね。


キャラクター陣は、まあ主人公の恭平は脇においといて、ヒロイン・梨々花に性別不明の後輩・渚、ストイックな武力担当・紅と、それぞれ魅力的でした。というか渚は結局、そういうことでいいんですよね?
もちろん私としては、タロットを全て集めて梨々花を守りきり、華々しくカップル成立――の未来を期待していますが、さてどうなりますか。
生徒会の刺客となった美玖もかなり好きなんで、何かの間違いでそっちに行くのも可ですよ!


イラストは植田亮さん。毎度ながら惚れぼれするイラストです。
見てくださいよこの表紙。瞳に吸い込まれそう。


あとがきの魔王様の微笑ましさ。

『青春デバッガーと恋する妄想 #拡散中』感想

ストーリー
二次萌え至上主義の歩夢がアキバ特区で偶然出くわしたのは、スクールカースト最上位のいけ好かないクラスメイト、衣更着アマタ。――普段オタクを蔑む彼女が、何故こんなゴリッゴリの萌えARゲームに夢中になっている? まさかこいつは――。だが歩夢がアマタに近づいた時、特区を埋め尽くすAR空間に重篤な異変が発生。それは、隠れオタとして自分を偽り続けていたアマタの、とある悩みが引き起こしたものだった。さらに腹黒ロリっ子の瑠璃や金髪たわわなコスプレ女のノエルと、歩夢を取り巻くオタショップのバイト仲間までもが、次々とアキバに異変を発生させ……? 時には傷つき、時には傷つけながら。ちょっぴり歪んだオタクな青春が始まる。

AR技術が格段に進化した「アキバ特区」に通いつめるオタク高校生たちの痛みとバグと青春を描く。
旭蓑雄作品にしてはわりあい分かりやすくまっすぐに思春期の少年少女の諸問題を描きだしつつ、ARが満ち溢れる街という凝った舞台設定やキャラクターからふと湧きでる心理学的もしくは哲学的なアレコレに、ああこのSFのセンスはやっぱり旭蓑雄だわということを確認させられるお話でした。
あの子もこの子もそれぞれの痛みを抱えて生きてる。他人にさらけ出すのは怖いけれど、それができるってあったかいよね。


視覚デバイスと聴覚デバイスを装着することで、自分の体に拡張現実の衣装をまとわせることができるし、ポケットのモンスターよろしく収集対象となった3Dメイドを追いかけることだってできる、そんな夢の街アキバ。
そんなアキバでバイトに勤しむオタク・歩夢や、彼のバイト先の少女たちは、見た目にはとても賑やかで毎日楽しそう。
歩夢はオタクだけれど、金髪コスプレイヤー・ノエルとも、ひとつ年下のロリ好き少女・瑠璃とも仲が良くて、その上学校の美少女クラスメイト・アマタとも新しく友人関係になっちゃって、なんだこいつ人生謳歌してんなって感じです。


しかしそんな少年少女も、心の奥底にそれぞれ悩みや痛みを持っていて、それがアキバの拡張現実にバグとして表れてしまう。
人の意識のビッグデータから生まれたアキバの監視者、オーウェリアン、精神的外傷、幻の双子……。うおー、理屈っぽい。コレだよコレコレ。相変わらずで安心した!
ノエルも瑠璃も、そして当の歩夢も、抱えたものは存外に大きくて、だからこそ自分ひとりで抱えてしまいこんじゃって。
自分の弱さをさらけ出すのはとても怖いし、時には傷つくこともある。でも共有できる相手がひとり見つかったら、それはとても素敵なことだったりもする。
どこまでも不器用な登場人物たちの、無様で愛に満ちたぶつかり合いに乾杯。


イラストは白井鋭利さん。いっぱいイラスト見てますけど、いつ見てもいいよなあ……。
モノクロイラストなのに光を感じるのが凄いですよね。


これは紛れもない『エデン』だと思うしここに見開きイラストを持ってきた英断に拍手喝采。