まだまだペンキぬりたて

ライトノベルの感想

『異セカイ系』感想

異セカイ系 (講談社タイガ)

ストーリー
小説投稿サイトでトップ10にランクインしたおれは「死にたい」と思うことで、自分の書いた小説世界に入れることに気がついた。小説通り悪の黒騎士に愛する姫の母が殺され、大冒険の旅に……♪ってボケェ!! 作者が姫を不幸にし主人公が救う自己満足。書き直さな! 現実でも異世界でも全員が幸せになる方法を探すんや! あれ、何これ。「作者への挑戦状」って……これ、ミステリなん?

異セカイの中心で愛を叫ぶ
第58回メフィスト賞受賞作品。そこかしこで話題に上っているのを見かけたので読んでみたのですが、こりゃ確かに凄い本だわ……!
ネット小説作家の主人公が自分の書いた物語の世界に入ってしまう……という異世界転生っぽい出だしから、作者と物語世界と現実世界とキャラクターとが目まぐるしく入れ替わるメタフィクショナルなセカイ系へと怒涛の勢いでなだれ込んでいく。かなり構えて読み始めたにもかかわらず、いったい何度度肝を抜かれたことか。いやマジで、どエラいもんを読んだ。
関西弁一人称の語り口がめちゃくちゃアクが強くて正直読者は選びそう……でも慣れるとこれがまたクセになってくるんだなあ。


小説投稿サイトでトップ10にランクインした主人公は、自分が書いているファンタジーな物語世界のお話の主人公として突然入り込んでしまう。
でもいわゆる異世界召喚系と違うのは、あっさり元の世界に戻れてしまうこと。そしてあくまでベースは彼の書いた小説であるから、その世界を自分の好きなように書き換えることができてしまうこと。
そして、ランキングがトップ10から外れてしまったらその世界が失われてしまうこと。
なぜ自分の書いた小説世界がそんな風に生み出されてしまったのか分からぬまま、でも明らかにもう一つの現実であるその世界を消してしまうわけにもいかず、自らの生み出した世界を守るために主人公が必死に策を練る第1章。
1章終了時点で立派なメタフィクションが成立していて(ネタバレ防止の為詳しくは書かない)、既にかなりの満足感があったのだけれど、なんとまだ第2章と第3章が待ち構えているのだ! ぎゃあ!


語り手たる主人公は、口調はがさつだし元ニートで現フリーターのわりとダメ人間だし風貌もパッとしない男だけれども、作中の誰よりも「いい奴」である。
自分が生んだキャラクターを現実世界の人間と同じように扱い、愛し、全力で守ろうとする。それは自分の世界のものだけでなく、他者が生んだキャラクターや世界も同様にする。常に自分に対して批判的であり、非常に真摯に倫理的であろうとする。なんて知的で愛に満ちた主人公だろう!
作者であるから、キャラクターの気持ちを決めてしまう。それは小説を書く上で当たり前すぎることで、でもその物語が現実になってしまう今、作者の都合でキャラクターの意見を変えてしまうことは、正しいことなのか? そんな風に当たり前を疑うことのできる主人公は、本当に素敵な男だ。
作者たる主人公に突きつけられる「作者への挑戦状」。物語世界だけでなく、現実世界にまで波及していく書き換えの問題。そして表面化していく、ハーレムエンドは正当化できるのか、という問い。なんじゃそりゃ、と思われるかもしれないけれど、まさにそのハーレムエンドの問題が、この物語の最大の謎に大きく絡んでくるのだから恐ろしい。
終盤はただただ呆気にとられるばかりでした……。僕は正直セカイ系に詳しくないし、それがなんなのかいまいち分かってないんですが、これがそういうもんなんですか? すげーなセカイ系。頭がぐっちゃぐちゃになっちゃうよ。
そのくせ、ラストに主人公から語られる読者へのメッセージはやたら綺麗なもので、これだけやりたい放題やっておいてラストがこれかよと、いっそ笑ってしまう。でもこの主人公に言われるなら乗っかってやろうかな、という気持ちにさせられる。まったく大したもんである。


僕は井上妖精さん派!