まだまだペンキぬりたて

ライトノベルの感想

『クズと天使の二周目生活』感想

クズと天使の二周目生活 (ガガガ文庫)

クズと天使の二周目生活 (ガガガ文庫)

ストーリー
俺、雪枝桃也は三十歳の構成作家。先輩作家や知り合いから仕事をもらって食いつないでいる。同期はアイドルと結婚。かつての仕事仲間はそれぞれ栄達を果たすなか、一人まったく売れていない。誰が悪いんだ? 頑張りすぎたあいつらか? 頑張らなかった俺なのか? そんなあるとき、俺は工事現場の落下事故に巻き込まれ命を落とすが、それは天使のミスだった!? 救済措置で過去に戻れる? それなんてチートですか? お笑い芸人、天津向がおくる勝ち組への再起を懸けた人生やり直しコメディ!!

前回は売れない芸人モノを描いた天津向さんですが、今度の主人公は売れない構成作家です。結局売れないのかよ。
本職の知識を存分に活用しているおかげか、ギャグの中にもリアリティがあっていいんですよねー。
基本クズの主人公が、クズなりに、ちょっとだけ前に進んでいく。情熱の感じられる作品でした。


30歳の売れない構成作家・桃也。同期は売れてアイドルと結婚し、若い頃に一緒にラジオを作った仕事仲間もそれぞれの現場で大活躍。
一方自分はというといつまで経っても下働き。同期に媚びへつらって仕事を恵んでもらい、へらへら笑って毎日を過ごす。仕事に対して情熱もなければプライドもなく、日々生まれる後悔をノートにひたすら書き記す。おおう、なんだか本格的に切なくなってきたぞ……。
極めつきは、かつて構成作家として関わったラジオのパーソナリティーにして今は売れっ子声優の萌香からかけられた一言。いや、これはつれーわ。悪意がないのがほんとつらすぎ。やってられんわ。
生活できないくらいに干されてるとかならいっそギャグにもなるかもですけど、そうじゃない。ちょっと仕事はある。でも明らかに「できる奴」に来る仕事じゃない。お笑い芸人として現場を知っているからなのかどうかは分かりませんが、こういう、リアルな「売れてなさ」を描くのが本当に上手いですわ。めちゃくちゃハートに刺さるもん。グサグサくるもん。経験談だったらやだな……。


天使の間違いで命を落としてしまった桃也は、そのまま10年前の若手時代に人生巻き戻し。やったじゃん、未来の知識を用いて丸儲けじゃん! ……なんて、当然そう上手くはいかないんですな。
時間遡行のルール上、未来の誰かの知識を丸パクリすることはできない。当然株や競馬もダメ。じゃあ結局ズルはできないわけで、そしたら真面目にやり直すしかない。まあ『たらればノート』というボーナスがあるとはいえ、結局はやるしかないわけです。
桃也はわりとガチのクズなので、ともすると流されて元の人生の方に寄ってしまいがちですが……。今はまだ売れっ子ではない凛や真琴といった同僚たちに、新人声優の頃の萌香といった「未来の成功者たち」とともに、本気でいいラジオを作るために。過去の間違いを必死で回避しながら、少しずつ彼なりのやり方を見つけていく姿に、クズの中にもくすぶり続けていたクリエイターとしての情熱を垣間見たような気がします。いいね、熱いね。
萌香も凛もそれぞれ可愛くて魅力的なんですが、そのぶん、恋愛禁止というのが今後のネックになってきそうです。次巻が楽しみ。


イラストはうかみさん。表紙のドヤ顔エリィがかわいい。
あと萌香さんの胸部が攻撃力高すぎです。本当に高校生かよ。


猫浦Pはなんだか嫌いになれないが、大河内は爆発しろ。

『6番線に春は来る。そして今日、君はいなくなる。』感想

ストーリー
やりたいことが見つからず、漠然と都会を夢見る優等生の香衣。サッカー部のエースで香衣の彼氏のはずの隆生。香衣に一目惚れする学内唯一の不良・龍輝。ある秘密を隠すため、香衣の親友を演じるセリカ。4人が互いに抱く、劣等感。憧れ。恋心。後悔。あの駅で思いはすれ違い、一度きりの高校生活はとどまることなく進んでいく。「どうしてすべて手遅れになってからでないと、一番大事なことも言えないんだろう」これは、交錯する別れの物語。

高校生の男女4人の視点から描かれる、恋とすれ違いと別れの青春群像劇。
はー、めっちゃいい。なんだこのよさは。めっちゃいいぞ。大澤めぐみ先生の描く高校生って、どうしてこんなに「高校生してる」んだろ。ふしぎだ。文体かな? わかんないけど。
4人それぞれが愛しいんだけれど、やっぱり私は諏訪くんに感情移入しちゃいます。手に入っていたはずのものが、遅れてしまったがゆえにもう手に入らない。切なくて胸がきゅうっとして、たまらんです。


大澤作品の何が魅力かといえば(まだ今作で2作目だけれど)、個人的にはやっぱり文章だと思います。
高校生の一人称文体なわけですが、これが妙にいい。特に女子の方の語り口がいい。何か大層なことを考えている部分よりも、たとえばセリカがどんなに可愛い少女なのか香衣が語りまくるところとか、わりとどうでもよいことを垂れ流している部分が特にいい。楽しい時間を過ごしたはずなのに、ふと振り返ったら何が楽しかったかわからない中高生のあの感じが出ていて、なんというか、リアリティのあるサイズ感でいいのです(本当の女子高生のリアルがこうであるかどうかは知らない)。
前作の感想でも「喉越しがいい」って書いた気がするけど(あ、このブログでは感想書いてなかった)、リズミカルで独特のテンポがあって、ハマるとぐいぐいいける。逆に、ハマらないとそうでもないかもしれないが。流れるような語りの中に、時々「おや?」っていう表現が紛れていて、それがいい具合に引っかかってくれる(具体的には「~的」を「~てき」と書くところとか)。なんだか色々書いたけど、とにかく好き! なのです。


で。肝心の中身なんですけど。タイトルでもプロローグでも明確に「別れ」が示唆されていて、つまりヒロインたる香衣が誰かと別れているんだけれど、じゃあその相手は誰なのか、4人の視点から描き出される高校生活3年間の中で、それが語られてゆくわけです。
語り手は4人だから4章に分かれているわけですが、香衣の章では香衣に、諏訪くんの章では諏訪くんに、という具合に、次々に応援したい相手が変わっていっちゃいますね。しょうがない、みんな主人公だから。やたら自己評価が低い香衣が、他の章では才色兼備の高嶺の花みたいな扱いになってたりするのは、群像劇の面白みってやつでしょうか。
4人ともみんなそれぞれいいやつだし、頑張れって思うんですが、全部読んだあとだとやっぱり「諏訪くん……(涙)」ってなりますね! 次にセリカ
なんだろう、いつもならラブラブチュッチュしてるところにばっかり目が行くんですけど、作風のせいかな、なんだかポエミーな気分なんですな。切なかったり息苦しい環境で今をぎゅっと飲み込んで前に進もうとする彼らに「ウオオー! ガンバレー!」ってなっちゃう。これもセリカの言う「環境の奴隷」ってやつですか。違うか。
こんなにちゃんとしたふたりの物語があっても、恋の結果は必ずしもそれに縛られなくって、ぽっと出てきた感さえある相手に春が巡ってきたりするんだなあ。やるせないよなあ。それがいいんだけどなあ。
4人は4人の道を選び、離れ離れになってゆく。別れは悲しくても、一歩踏み出した彼女の道はきっと明るい。それは他の3人も同じだし、いつかどこかで4人全員が再会して笑いあうような日がくるんだと、そんな未来を想像します。ほろ苦くも清々しい青春の物語に拍手。


イラストはもりちかさん。なんといっても、表紙、プロローグ、エピローグの差分イラストが格別でした。
セリカもかわいい。ぱっつん女子は正義だ。


これ、松本の高校生が読んだら破壊力がまた違うんだろうなー! 長野の書店のみなさん、フェアとかどうですか!

『ショートストーリーズ 僕とキミの15センチ』感想

ストーリー
それは、明日起こるかもしれない、あなたの「if」の物語――。「僕とキミの15センチ」をテーマに、総勢二〇名の作家が参加した珠玉のショートストーリー集。Web小説投稿サイト『カクヨム』に掲載された作品に、『バカとテストと召喚獣』の井上堅二や『“文学少女”シリーズ』の野村美月、そして『東雲侑子シリーズ』の森橋ビンゴによる「あの作品×僕とキミの15センチ」のスペシャル書き下ろしショートストーリーを加えた全二〇篇収録!

恒例のショートストーリー集。「僕とキミの15センチ」とかいうテーマ自体が既にエモくてほんとファミ通文庫最高かよって感じ(語彙力の著しい欠如)。
どれもこれもニヤニヤしたりほっこりしたりするお話ばかりで、ほうっとため息をつきつつ読んでいたのだけど、ラストの3作、これは卑怯でしょ! なんか全部もってかれたわ!
どうしようかと思ったんですが、せっかくなので全SSの一言感想を書いていこうかなと思います。長いです。


綾里けいし/『In the Room』:結果的に一番ダークなSSが最初に……五十音順自重して(笑)。短いページ数の中で謎と種明かしもきっちりあってさすが。
庵田定夏/『十五センチ一本勝負』:幼馴染と急に距離が近づいてドギマギするのめっちゃいい。こういうとき男子は絶対に女子に勝てない。
石川博品/『七月のちいさなさよなら』:時間の流れが違うのって切ないよね。なんだか元気が出る一編。
伊藤京一/『ジャンパーズ・ダイアリー』:一途な少年の孤独な頑張りにぐっときた。花の名前をちょこちょこ出してくるところにセンスを感じる。
岡本タクヤ/『地面から十五センチだけ浮いた程度の物語』:出雲さんちょれえ(笑)。でもこのちょろさがすごく好きだ。そして女王は強し。


くさなぎそうし/『華道ガールと書道ボーイのミックス展覧会』:短編小説コンテスト大賞作。書道ボーイのクズ感! 当たり前の結末ではあるんだけど、彩華の救われなさが切ないわ。こういう危険な女、ゾクゾクします。
久遠侑/『変わりゆく景色と変わらない約束』:夏に会う約束といい、顔だけ見て帰る女の子といい、いつの間にかできた15センチといい、なんだか全てがいい。ほのかな甘さときゅんとする切なさのバランス感はさすが青春の名手。
九曜/『Xp;15cm』:ただしいとしょかんのつかいかた。明らかにちゃんと誘われてるのに社交辞令と思っちゃうのわかる。
佐々原史緒/『甘やかなトロフィー』:菓子屋の息子と幅跳び女子の不可思議な関係。出会い、挫折し、また前を向く、このページ数に詰め込んだドラマよ。上手いなあ。
更伊俊介/『十五夜さんは十五センチほどズレている。』:まーた、こういうことをやってくるんだから! 誰か1人くらいはこういう好き放題する人がいないとね。


三田千恵/『たった一人のお客さん』:最高以外の言葉がないぜ、おい。300ページ読みたかった。しかしこれは直が罪深すぎるぞ、まったくもう。
田口仙年堂/『ポケットの中の女神』:至極単純な構成なんだけどニヤニヤさせてくれるなー!
竹岡葉月/『金曜日は恵比寿屋に行く』:短いのに登場人物それぞれに味わいがある。「人」を描くのが上手いんですわ。
羽根川牧人/『アイスキャンディーと、時を重ねる箱』:時を越えた出会いは王道の切なさ。タイムパラドックスに突っ込むのは無粋というもの(笑)。
御影瑛路/『無事女子にフラれる、夏』:美少女がグイグイきて、勘違いして、盛大にフラれるオタク。いっそ清々しくていいわ。青春の輝きだわ。


水城水城/『思春期ギャルと「小さい」オジサン』:これが話題のパパ活か(違う)。オジサンって意外と女子の心に入り込むのが上手いよね。
築地俊彦/『隣の○○○さん』:謎の隣人、気の置けない同級生ヒロイン、タイムトラベル。好きな要素盛り盛りなだけにもっと長いページ数で読みたかったなー。
森橋ビンゴ/『彼女は絵本を書きはじめる』:「あの子」が絵本を書こうと思った理由とは。いやー嬉しすぎる後日談でした。おめでとう。
井上堅二/『僕とキミらと15センチにまつわる話』:人物名が伏せられていても余裕で脳内補完で読めるしっていうかやっぱりくっそ面白いし大好きだし、漫画原作もいいけどラノベも書いてくださいお願いします。
野村美月/『“文学少女”後日譚 つれない編集者に捧げるスペシャリテ:野村先生の小説が読めるというだけで嬉しいのに、今になって『文学少女』の新作短編が読めるなんて思わなかったし、それがまさか心葉と遠子先輩が恋人同士になるときのエピソードだなんて、もはや幸せすぎて何を言ったらいいのか。完結からしばらく経ったけれど、遠子先輩は変わらずとても素敵でした。ただひたすらに感謝。ありがとう。大好きです。