まだまだペンキぬりたて

ライトノベルの感想

血翼王亡命譚I ―祈刀のアルナ―

ストーリー
森と獣に彩られた「赤燕の国」の王女アルナリスと新人護舞官のユウファは、かつて書庫で秘密の時間を共に過ごした幼馴染みだった。
5年ぶりに再会したふたりは、森の奥での儀式に向かう道中、謎の追手からの襲撃を受ける。
王都に戻るのも危険だと判断したふたりは、思わぬ味方を得て、力になってくれるであろう都市を目指すのだが……。



第22回電撃小説大賞<銀賞>受賞作品。
幼馴染みの王女と護衛の少年が、国に渦巻く陰謀に巻き込まれて逃避行に走る、切なさ満点な愛と逃亡の物語。
世界を形作る細やかな設定の数々がとても生き生きとしていて、実にファンタジーしてました。良い。
声を出してはいけないとされている王女とは「手語」で会話する……それがこんな魅力を生むとは。


物語の舞台は、知恵を持つ燕たちの協力のもと人々が暮らす「赤燕の国」。その王宮で、幼い頃に偶然知り合った王女・アルナリスと、護舞官・ユウファが今作の主人公です。
不思議な力「王歌」で民を救う王族は、そのひきかえに声を出すことを禁じられる……そのため、アルナリスの発言は手話ならぬ「手語」か、もしくはお供の赤燕・スゥからの伝言として伝えられる……。
ヒロインが喋らないというのは、正直どうなんだろうと初めは思ったけれど……。しかし、この遠回りなやりとりが逆にきゅんとくる! ただ口を開くよりもずっと手間がかかるやり方なのに、ユウファに伝えたいことがあるんだということがひしひしと感じられて、素敵でした。
5年ぶりに会っても関係の変わらなかったふたりの絆ですが、王女に刺客が向けられたことがきっかけで、そんなふたりが逃避行を始めることに。
あくまで王女様とその護衛……であるはずなのに、ユウファや新たな仲間のイルナと一緒で楽しそうなアルナリスの姿を見て、心乱れるユウファが微笑ましいですね。


近場の都市から、また次の都市へと、安全な地を求めて移動を重ねる一行。
旅の中で、初めは険悪だったイルナとの間柄も友情と呼べるようなものになって、もちろんユウファとアルナリスは相変わらずで、いっそずっとこの旅が続けばいいのに、なんて呑気に思ってしまうほどでした。
しかしもちろん、どんな旅にも終わりは訪れます。しかも唐突に。思いがけないやり方で。
ただ王女の身柄を狙う刺客くらいにしか考えていなかった「敵」。でもその裏には、国全体を巻き込んだ大きな陰謀が隠されていたのです。
繰り返される戦いの中、傷が次々に増えるアルファ、そして力の使いすぎで何度も倒れるアルナリス……。
王女らしく正面決戦を挑むも力によって負かされ、最大の窮地を迎えたところでやっと……というところで、ああ、まさかこんな展開が待っていようとは。
振り返ってみれば、こちらも、あちらも、どこまでも愛の物語でした。しかし、それにしたって、あまりに切なすぎる。
細やかな世界の作りから、圧巻の剣戟描写に至るまで、非常に完成度の高い1冊だったことは確かです。しかしこの終わりから、いったいどんな話が展開していくのか全く予想できませんし、続きが読みたいかと聞かれると正直ちょっと迷ってしまいます……。でもこの魅力的な世界にもっと浸っていたい気持ちもあるので、続刊にも期待したいところです。


イラストは吟さん。見事としか言う他ない美麗な表紙。
本文イラストも素晴らしかったです。特にラスト2枚が凄まじい。


〔秘密だよ〕っていいな……。