まだまだペンキぬりたて

ライトノベルの感想

『バビロン III ―終―』感想

ストーリー
日本の“新域”で発令された、自死の権利を認める「自殺法」。その静かな熱波は世界中に伝播した。新法に追随する都市が次々に出現し、自殺者が急増。揺れる米国で、各国首脳が生と死について語り合うG7が開催される! 人類の命運を握る会議に忍び寄る“最悪の女”曲世の影。彼女の前に正崎が立ちはだかるとき、世界の終わりを告げる銃声が響く。超才が描く予測不可能な未来。

「読みたくない――なのにページをめくる手が止まらない! 読む劇薬、野崎まど。」という帯の煽りに久しぶりに膝を打ちました。「そうそう、そうなの!」といういいキャッチコピー。ということでなんかもう嫌な予感しかしないから読みたくないんですけど、やっぱり読んじゃいました。だって面白いからね。
2巻までとは舞台も主人公も切り替えてきたのには驚きましたが、それでもぐいぐいと読ませるからさすがです。
もしかして今回は大丈夫かも、だなんて少しでも期待してはいけない。その手からは逃れられない。誰かこの女を止めてくれ。切実に。


舞台はアメリカ、主人公は“The thinker(考える人)”の異名を持つ合衆国大統領その人、アレックス。
いやいやアメリカって。しかも大統領って。正崎はどうしたの? と巻頭の登場人物紹介に戻って眺めてみたらアメリカの政治関係者やら各国首脳やらの名前で埋め尽くされていて面食らいました。
しかしこのアレックス、非常に魅力のある人物です。その異名の通り、とにかく考える。齋開化という人物がもたらした自殺法について。生と死について。ゆっくり納得するまで考える。考えた末に、他の人よりも少しだけ深く答えに近づく。
大統領としては正直どうかと思う部分も多いけれど、まるで子どものように無邪気に考えるその姿は微笑ましく、周囲から愛される人種だということが伝わってきます。
アレックスが型破りな大統領であるならば、当然、G7に参加する他の各国首脳もそれぞれ曲者揃いで、彼らの会話を見ているだけでもう楽しい。特に、フランス大統領・ルカとの対話はやりたい放題でした。いくらなんでもフランクすぎるだろこの首脳たち(笑)。
そんな具合で楽しく読んでいたら、気付くと主人公が交代していたのなんて大して気にならなくなっていました。そうです、また野崎まどの手のひらの上です。


サミットは当初のプログラムを遥かに逸脱し、自殺法の是非について、やがては善悪について、G7の首脳がこぞって議論する場となっていきます。
自殺法に対する賛否について各国の色が濃厚に出てくるのも面白いし(これがまた皆「それっぽい」こと言うんですわ!)、果ては善悪の話になって、道徳の起源やら聖書の解釈やらさまざまな方面から「いいこと」と「よくないこと」を定義しようと模索していくのなんて、もはや何を読まされているんだって感じです。
もう完全に哲学の領域だから、誰もが納得のいく答えなんて出せないんでしょうが、それでもこの議論にはそれなりに説得力があるから凄い。よく分からないなりに、納得しかけてしまった。ああ、また術中にハマっている……。
もしかして、このままいけば答えが出せてしまうんじゃないか。そういったところで、ひたひたと近づく“女”の影。
曲世愛。その名は終わりの証。他の誰にもない唯一無二の魅力を持つ女。性的な。あまりに性的な。引きずり込まれる。やめろ。近づくな。やめるんだ。やめてくれ。


ああ、やっぱり読みたくない。