まだまだペンキぬりたて

ライトノベルの感想

きじかくしの庭

きじかくしの庭 (メディアワークス文庫)

きじかくしの庭 (メディアワークス文庫)

ストーリー
教師6年目の田路は、校舎裏の花壇で泣いている女子生徒・亜由に出会う。
亜由は、恋人の心変わりで突然フラれてしまった気晴らしに、花壇の雑草を抜いていたのだった。
何を植えるか考えながら、花壇の整備を続ける亜由だったが……。



第19回電撃小説大賞<大賞>受賞作品。
くたびれ気味の高校教師・田路が、悩み多き生徒たちと関わりながら、校舎の隅の花壇で「きじかくし」を育てていく物語です。
何か大きな事件が起こるわけではなくて、生徒たちの悩みというのも、言ってしまえばよくあることばかりなのですが、読み終わって不思議とほっこりした気分になるお話でした。
一年目、二年目、三年目と、それぞれ違う生徒の悩みに付き合って解決に導いていく一方で、自分の恋愛についてはなかなか上手くいかない田路の不器用な生き方が、焦れったくもあり、少し微笑ましくもあり。
高校生と教師、多少の年の差はあれども、意外と似たようなことで悩んで足踏みしている両者の姿に、どことなくおかしさがありました。


どの年のエピソードにもきゅんとしたけれど、個人的に一番好きなのは、やっぱり一年目ですかね。
簡単にいえば失恋の話で、しかもわりとひどい男に振り回された挙句の失恋なんですが、ほろ苦さの中にも、青春の清々しい輝きが垣間見えるエピソードになっていました。
なんといってもこの「復讐」のやり方がいいですね。別に復讐にもなんにもなっちゃいないんですけれど、自分がもう少し前に進むための手段としては、とてもロマンチックなのではないかと思います。
亜由が卒業するまでに育ちきらないどころか、三年もかかってしまうというあたりがまた、切なさ満点で素晴らしいですね。
思えば亜由は、折れてもまた立ち上がる植物的な強さを感じさせる女の子でした。ちゃんと三年経って、きじかくしが見事に育った頃には、亜由も同じだけ伸び上がっていたのでしょうね。


香織という人は、たいへん魅力的なヒロインであったと思います。
何も教えてくれないから、もっと知りたくなる。自分との違いを思い知らされて辛くなるけれど、それでも追いかけずにはいられない。そんな眩しさを持った女性。
田路の気持ちは、正直よく分かりませんでした。終始ひとりで空回っていただけのようにも感じられます。二年目の志帆とのあれこれには、ぶっちゃけ、このやろう、と思いました。
とはいえ、田路もずっと我慢をしていたわけですし、必ずしも香織の方に問題がなかったわけでもありません。
一旦すれ違って失敗したことで、ふたりの間に存在していた見えない壁に気付いて、それを乗り越えることができたのだから、たぶん無駄ではなかったのでしょう。
大人の恋愛というものは、まったく面倒くさいものです。高校生みたいに分かりやすければ、苦労しないのにね。


エピローグでの、成長した皆の姿にまたもほっこり。
亜由も、舞と千春も、そして祥子も、きっとそれぞれ、母校に帰ってきて、育てたきじかくしを見て、当時の自分に思いを馳せたのでしょう。
変わっていく部分もあるけれど、大事なところはいつまでも変わらない。「六年目」の彼女たちの姿に、そんなことを思うのでした。
目立たないけれど素敵な一瞬を味わえる、校舎の片隅の花壇のような物語でした。次回作もぜひ読んでみたいです。


同郷ということで個人的に応援したい作者さん。あ、キジは結構見かけます。ほんとに。