まだまだペンキぬりたて

ライトノベルの感想

2

2 (メディアワークス文庫)

2 (メディアワークス文庫)

ストーリー
超有名劇団『パンドラ』の舞台に立つことを夢見る青年・数多一人。
入団試験を乗り越えて劇団の一員となった彼は、他の合格者とともに新人公演を行なうことになる。
頼りになる制作と個性的な演出のもと、順調に公演準備を進めていく新人一同だったが……。



はじめにことわっておきたいことがあります。
私が野崎まど先生の作品の感想を書くときは、いつもネタバレに対して(それなりに)気を遣っているつもりです。1作でも先生の本を読んでいる方ならご存知かと思いますが、彼の作品では、少しのネタバレでも読者にとって非常に大きなダメージとなり得るからです。
しかしながら、今回に限ってはどうしても、この作品の内容に言及する上で、いくつか致命的なネタバレをせざるを得ないのではないかと感じています。
もしも、まだ今作を読んでいない方がいらっしゃるならば、どうかここで記事を読むのをやめ、作品に手を伸ばしていただきたいと思います。そうすることで、新鮮な驚きを損なうことなく、存分にこの傑作を楽しむことができると思われますので、その点どうかよろしくお願いします。


「久しぶりに野崎まどの新作が出るぞ!」
そんな話がTwitterで流れてきまして、もちろん新作の刊行を嬉しく思いつつも、「そんなに久しぶりだったかな」と首を傾げました。
調べてみたら、前作が刊行されたのが丸々1年前。いやはや驚きました。私の頭の中には前作の驚きがまだ鮮明に残っていまして、ついこの間出たばかりだと錯覚していたものですから。
そして出たのがこちらのタイトルですよ。今までのタイトルと比べても、明らかに異色。明らかに不自然。
さらにこのページ数。なんと550ページ超。これまた、今までの作品からは考えられない厚さでした。
「ああ、これは何か、大きなものを仕掛けてきたのだな」そう確信しつつ、覚悟を決めて、ページをめくりました。


最初の100ページ。数多が超劇団パンドラに入団し、新人だけで公演をすることになり、挫折と復活を経て、ひとつの舞台を作り上げます。
大きな爆弾やどんでん返しが用意されているわけではないけれど、決して主役にはなれない凡人の数多が、天才たちを目の前にして、悩み、諦め、それでも再び立ち上がって、戦いの舞台へと戻る。
単純にとある創作を志す者の物語としても面白かったし、軽妙な会話とほどよい緊張感、そしてこの先に何かが待っているのだという期待感が立ち込め、このお話の中にすっと入り込むことができました。
ここまでは、普通の天才たちと、それを追いかける凡人たちのお話でした。
ここからが、本当の、ただひとりの天才と、それに操られる凡人たちのお話です。


「0.1」の最後のページで、彼女の名前が出てきたとき、いやもっといえば、その髪型についての描写があったとき。
この、心の底からわきあがってきた興奮、背すじに走った震えを、なんと名付ければよいでしょうか。
それは、全ての野崎まど作品を読んできた私たちにとって、あまりに絶対的で、唯一無二の、この世で最強の名前でした。
そこからが、もう、凄かったですね。あの人が出てくる。かの人が出てくる。彼も彼女も猫も杓子も、挙句はアレやコレまでが登場する。
まさにお祭り騒ぎ、フィーバータイムといった様相でした。
ひとりひとりが、これまでの作品の主役級の人物であり、ということはすなわち、誰もが異次元の存在だということで、このメンバーが集まって、大変なことが起こらないわけがない。
みんながみんな狂っている、しかし、そんな彼らの中にあって尚燦然と輝くのは、やはり彼女の存在です。
他人の心を読み取れる仮面であっても、世界一の小説を書ける小説家であっても、手の届かない圧倒的な天才。これほどの天才、魅力に溢れたキャラクターを、野崎先生はどうして生み出すことができたのでしょうか。不思議で仕方ありません。


私は、“同じ作家の過去作品を読まなければ本当に楽しめない”物語というものが、本当のところ、あまり好きではありません。
今作はまさにそれを地で行くもので、まかり間違ってこの作品で野崎作品デビューをしてしまった人(あんまりいないだろうけれど)のことを思うと、少々微妙な心境にさせられます。
しかし、ああ、なんということでしょう。至上の天才である彼女は、私のそんなちっぽけな悩みにさえ、本文の中で答えを出してしまいました。
そう、読み終わったときに、私の中にはこういう考えが浮かんでいたのです。
つまるところ、野崎先生は、彼女と同じことをやろうとしたのではないだろうか。
この『2』という作品は、『1』である私たちのためだけに用意された小説(反転)だったのではないだろうか、と。
もちろん、これは単なる私の妄想にすぎなくて、ただのファンサービスのつもりだったのかもしれません。
でも私は、この小さな可能性を捨てきれずにいます。あるいはそう思わされてしまった時点で、小説の中の人物であるはずの彼女に、完全に敗北していたのかもしれません。もとより勝てるとは思っていませんでしたけれど……。


終盤のどんでん返しに次ぐどんでん返しは、もはや様式美。来ることが分かっているのに驚かされてしまう心地よさに、思う存分浸らせてもらいました。
創作というものの極致を描いた今作。思えば、これまでの作品でも大なり小なり創作について語られていましたが、それらの作品から人物を集め、ひとつの創作を成し遂げた今作は、まさに野崎作品の集大成ともいえる1冊となりました。
さて、それでは、野崎先生の作品はここで打ち止めとなってしまうのでしょうか?
新しい本が出版されるかどうかは、未来人でも予言者でもない私には分かりかねますが、少なくとも、先生の創作がここで終わってしまうのかという質問には、明確に否と答えることができます。
なぜならば、彼女と彼が最後に示したとおり。人の創作には、どこまでも終わりがないからです。
笑ったり、悲しんだり、不安になったり、切なくなったり、喜んだり、幾度となく心を動かされる、素晴らしい創作でした。
野崎まど先生と、それから、私たちの心をつかんで離さない彼女に感謝。いいものを読みました。ありがとう。


さあ、全作読み返そうか。