まだまだペンキぬりたて

ライトノベルの感想

遠まわりする雛

遠まわりする雛 (角川文庫)

遠まわりする雛 (角川文庫)

ストーリー
千反田の頼みで、地元の祭事「生き雛祭り」へ参加することになった奉太郎。
ところが、連絡の行き違いで開催が危ぶまれる事態になってしまう。
その場の千反田の機転によって、祭事は無事に執り行われたのだが……。



短編が7本も収録されたボリューム感たっぷりの1冊。夏秋冬春、奉太郎たちが古典部に入ってからの1年間を時系列順に追っていく形になっています。
どのお話もそれぞれ印象的で、謎解きも楽しいのですが、全部まとめてひとつの流れとして読むと、また違った味わいがありますね。
丸1年です。どんな集団であっても、365日もあればガラリと姿を変えてしまうもの。
古典部一同もその例に漏れず、ゆったりとではありますが、4人の中の関係は確実に変わってきています。
奉太郎に限らず、古典部の面々はみんな確固たる自分を持っているイメージが強かったので、彼らの考え方や思いに、目に見えるような変化が起こっていることは、意外といえば意外ではあります。
でもよく考えてみたら、多少は大人びて見えても、彼らも青春(奉太郎が聞いたら迷わず目を伏せそうな単語ですが)のど真ん中、高校1年生なんですよね。移ろうこともあらいでか。


特に分かりやすい変化を見せてくれたのは、やはり語り手である奉太郎。
そして奉太郎にそんな変化をもたらし得るのは、まあ、この人しかいませんよね。もちろん我らが千反田ちゃんです。
「手作りチョコレート事件」だけはどちらかと言うと里志と伊原のお話でしたが、残り6話のほぼ全てで、奉太郎と千反田のふたりの間柄、もっと言うなら、奉太郎の千反田への思いが、微妙に揺れ動くのを観測できたように思います。
「心あたりのある者は」では、特に興味深いやりとりがありましたね。ミスター省エネであるところの奉太郎が、自分から千反田に勝負を挑むなど、里志が耳にしたら一体なんて言うでしょうね。
この回は、ひとつのお話としても他とは一味違って面白かったです。文字にして1行ちょっとの校内放送から、想像力の翼をはためかせ、ひとつの事件を形作ってしまう奉太郎には改めて脱帽。
やっぱり、探偵よりも作家に向いているような気がしないでもない。まったくもって、入須先輩は偉大な女帝でしたね。


「手作りチョコレート事件」「遠まわりする雛」2本の連続する短編で描かれるのは、ほのかな想い。
里志も、奉太郎も、なんとも不器用な生き方をしているものだと思います。里志なんか、普段は要領よくやってるくせして、一番大事なところでこれなんだもの。
いつまでも悩んで、先に進めない里志の姿はなんとももどかしかったです。でもそれだけ、伊原に対して真剣なのだということでもあるんですよね。
何度も傷ついているだろうに、全て分かった上で、いつまでも里志を待ってあげている伊原もまた、素敵でした。
奉太郎は、ようやく何かに気付き始めたところですか。他人の気持ちは推理できてしまう彼でも、自分のことは分からないものなんですね。
淡い、という単語がぴったり来る感情の揺らめきに、思わずきゅんとさせられてしまいました。
いつか、言えなかったことばを言える日が来るのでしょうか? その日を楽しみに待ちたいと思います。


とりあえず、文庫化されている分は読み終わったので、アニメは安心して見られそうです。
「二人の距離の概算」も早く読みたくてたまらないのですが。文庫になるまで待てるでしょうか……。


巾着の汎用性が色々と凄いので私も持ち歩くべきでしょうか。