まだまだペンキぬりたて

ライトノベルの感想

陸と千星 〜世界を配る少年と別荘の少女

ストーリー
父方の遠縁が昔住んでいたという別荘にひとりでやってきた、都会育ちの少女、千星。
見慣れぬ田舎の風景に癒されながらも、両親が進めているらしい離婚話に胸を痛めていた。
そんなある日千星は、新聞配達の少年、陸と出逢い……。



野村美月×竹岡美穂の読み切り新作! 別荘にやってきた少女と、新聞配達の少年との、ひと夏の出逢いを描いた青春ストーリー。
もうもうもう、最っ高に良かったです。いやあ、野村先生は凄い凄いと常々思っていたけれど、やっぱり凄いわ。凄かったわ。
お互いのことをほとんど何も知らないまま片思いをし合う、中学生ふたりの淡い恋のうつくしさとはかなさに、ただため息が出ます。


舞台設定からキャラクターの設定、お話の展開に至るまで、どこか古めかしさを感じる物語でした。決して古くさいというのではないのですが……なにせ、携帯電話はおろか、テレビさえまともに出てきません。
両親が離婚の話し合いをする間、田舎の別荘に、家政婦さんと一緒に暮らすことになった少女、千星。
男と遊んでばかりの母親とふたり暮らしで、新聞配達で生活費を稼ぐ少年、陸。
そんな少女と少年の、ほんのちょっとした出逢いと、朝の新聞配達での偶然の再会……。
1巻完結の読み切りだし、ここから何か進展があるのだろうと思ってどきどきしながら読み進めるのですが、千星と陸はいつまでたっても、朝の新聞配達の時間に挨拶を交わすだけなのです。
会話らしい会話もほとんどありません。だというのに、どうしてでしょうね、ふたりが、相手のことを好きになっていくのが伝わってくる。
挨拶のとき、いつもと違う相手の姿を見てはっとしたり、暗い顔つきにどうしたのだろうと心配したり、笑顔を見て安心したり。
そもそも、千星はなぜ陸が新聞配達をしているのか知らないし、陸に至っては千星の名前さえ知らないのです。そんな、相手のことをほとんど何も知らない状況にも関わらず、確かに片思いをし合う(両思い、ではない)ふたりが、あまりに甘ずっぱくて、胸がきゅっとしてしまいました。
その気持ちを胸に秘めて、渡さない手紙を書く千星も、ひとりで千星の絵をひたすら描く陸も、とっても純粋で、いとおしい! なんてすてきな恋なのでしょう!


千星も陸も、お互いに重めの、家族の問題を抱えています。そのことで沈んだり、悩んだりしているし、千星は泣くことができず、陸は笑うことができずにいます。でも、この出逢いが何かを変えてくれました。
相手の相談に乗ったわけでも、問題の解決にアドバイスをしたわけでもないのだけれど、相手の存在そのものが、自分にとっての救いになる。そういう出逢いもあるのだと思います。
ふたりが最後に会った場面は、とても綺麗でしたね。ぎりぎりだったけれど、少しの時間だったけれど、朝の挨拶ではないやりとりができて、本当によかった。
エピローグは、実にずるいですね! 特に最後の1行には、まったくもう、やられてしまいました。ノックアウトです。
これからのふたりがどうなるのかは、想像するほかありませんが……。きっとまた何か、すてきな奇跡が起こってくれるに違いないのです。そうでしょう?


イラストは竹岡美穂さん。もはや語ることはないというか、なんというか。
最後の1枚が完璧すぎて、もう何も言えません。


作中で引用されている詩が、すばらしく染みる。