まだまだペンキぬりたて

ライトノベルの感想

東雲侑子は全ての小説をあいしつづける

東雲侑子は全ての小説をあいしつづける (ファミ通文庫)

東雲侑子は全ての小説をあいしつづける (ファミ通文庫)

ストーリー
3年生に進級し、卒業後の進路を考えなくてはならない時期がやってきた。
東雲が大学への進学を志す一方で、英太は自分のやりたいことが分からずに迷う。
小説家という夢を既に実現してしまっている東雲と自分を比べて、漠然とした焦燥感に駆られてしまうのだった……。



終わってしまいました。ああ、終わってしまったのだなあ……。
ページをぱたんと閉じてから、しばらく何もする気がおきなくて、ただただぼうっとしてしまいました。ひたすら余韻に浸っていたかった。
そもそも私は完結巻というやつに弱いらしく、大好きなシリーズが終わったときはいつもこんな風になってしまうのですが、今回はまた格別でした。
フィクションの出来事ではあるけれど、私の中では確かに、英太も東雲も実際に生きていて、そしてこれからも生きていくのだと思わされるくらい、作中の空気に完全に飲み込まれてしまいました。心地よい。


1巻や2巻では、不器用きわまるふたりの手探りな恋愛にきゅんとさせられましたが、もうすっかり彼らも恋愛初心者から脱出してしまっていて、羨ましいようなにくらしいような。
いやほんと、もう“きゅん”どころの話ではなくてですね。とにかく最初からべたべたなんですね。言ってしまえばバカップルですよね。
なんといいますか、非常に、心に傷をおわされました。ふたりのいちゃいちゃ場面が出てくるたびに、胸にどす黒い思いが……。ただのやっかみです。
前回まではまだ、目の前のことに一杯一杯だという感が強かった。それがまた微笑ましかったのですけれども、正式なカップルとなったことで、英太にも東雲にも一種の余裕が生まれています。
もう、ひとつのことしか見えない恋ではなくなってしまったのです。あの英太が、東雲のことを愛情たっぷりにからかっているのを見て、そう思いました。
好きな子が何を考えているのか分からなくてぐちぐち悩む、そんな時期は過ぎ去ったのだなあと。もちろんそれは素晴らしいことで、なぜならば、自分の思いをきちんと相手に伝えられていて、お互いを好きでいることが、お互いにきちんと分かっているということだからです。
もう彼らは、私が共感できる次元の、はるか上に行ってしまいました。出逢ったときから考えると、たった2年で、ずいぶん遠くまで来たものですね。


高校3年生といえば、誰しも、少なくとも大多数の人が、自分の将来について何かしら思い悩む頃だと思います。
ご多分にもれず、英太も悩んでいました。自分の彼女が、現役で活躍している小説家だったら、それはもう、色々感じるところがあるでしょう。
18歳といってもまだまだ子どもです。未来に責任なんて持てなくて、ただ漠然と日々を過ごす、そんな生き方も許されるだろうに、自分が何をしたいのか、東雲とどうなりたいのかをしっかり考え抜いて、決断をくだす英太の姿はとてもまぶしく、輝いて見えました。
物語が始まった当時の英太だったら、これだけ真面目に前を見据えることができたかどうか、甚だ疑問です。
そんな彼を変えたのは、やっぱり東雲との出逢いだったのでしょうね。恋をすると人は変わるといいますが、本当なのかもしれません。東雲の方だって、ずいぶん変わりましたものね。


今回の章始めに載っている西園幽子の小説は、今までとはがらりと印象を変えて、いくつもの小さな恋を描いた連作短編になっています。
明らかに英太と東雲のエピソードではなくて不思議に思いましたが、読み進めていくうちに謎が解けました。お話の中には、英太と東雲以外にも、たくさんの恋があったのです。
あの人もこの人も、恋をしています。幸せな恋もあれば、切ない恋もあります。これまで見えていなかっただけで、世の中は恋であふれかえっているのです。
そんな恋のひとつひとつが、物語の世界を優しく包み込んでいるように感じました。
もしかしたら、恋を小説と言いかえてもいいのかもしれませんね。これは、全ての小説をあいしつづける少女のお話なのですから。


「短編小説」「恋愛小説」「全ての小説」の三部作で完結となりましたが、1冊ごとに、恋の芽生え、進展、そしてそれから、を、綺麗に描ききってくれました。
不思議と、終わってしまうことが、あまり淋しくありません。どこまでもうつくしいままに完結を迎えられたからでしょうか。
英太と東雲のこれからは、自分で想像するほかありませんが、もう心配はしなくてもいいでしょう。
きっと、このふたりらしい、笑顔に満ちた未来が待ち受けていることと思います。まったく、末永くお幸せに!
読むと恋がしたくなってくる、大好きな物語でした。この作品と出会えて心からよかったと思えます。
森橋ビンゴ先生と、それから、本当に魅力的なイラストで心をわしづかみにしてくれたNardackさん、ありがとうございました。この作品は、これからも、何度も何度も読み返したいと思います。


あとがきでの作品解説が嬉しい。完全に作者の思惑に操られてしまっていたことに気付いて、悔しい楽しい。