まだまだペンキぬりたて

ライトノベルの感想

楽聖少女

楽聖少女 (電撃文庫)

楽聖少女 (電撃文庫)

ストーリー
悪魔メフィストフェレスによって、二百年前のドイツへ連れ去られた少年・ユキ。
若々しい心身を得たいと願った大作家ゲーテになりかわる器として、なぜか彼が選ばれてしまったのだ。
ゲーテとして執筆業を行ないながら現代日本に戻る方法を探すユキは、あるとき一人の少女と出会い……。



杉井先生の新作。しかも岸田メルさんイラスト。しかも音楽もの。ウィーンにゲーテベートーヴェン
発表されて以来ずっとわくわくしながら待って、心臓ばくばくさせながら本屋で手に取って、得意の寝落ち芸もすっかり忘れ、ひと息に最後まで読みきってしまいました。まるで悪魔にとりつかれてしまったかのように。
端的に感想を述べるならば、感無量。今まで読んだ作品のエッセンスが、ぎゅっと詰め込まれていたように思います。
むせ返るほどの音楽の描写から、ロマン溢れるヨーロッパの街並み、風景、そして悪魔と教会。
「絢爛ゴシック・ファンタジー」などと銘打たれておりますが、色々な意味で豪華絢爛ということばが似合う。大きな皿があったのであれもこれも盛りつけて、ごてごて飾り立ててみました! みたいな印象を受けます。
いやはや、私が杉井先生の作品のファンだからなのかもしれませんが、ほんとうに良かったです。
たくさんの人の目に触れてほしいけれど、それと同時に、そっと胸に秘めて自分だけで大切にしておきたい気もする。そんな物語でした。


音楽家をはじめとした、実在人物のキャラクター化が実に面白い。
ユキの飛ばされた世界はあくまで異世界でファンタジーなんだという言い訳をいいことに、やりたい放題やってくれちゃっています。
特にハイドン師はひどいですね! はいッどぉおおんじゃねえよ。偉大な音楽家をここまでネタにしますか。笑っちゃうでしょ! モーツァルトは……うん、だいたい合ってる気がするけど。
そして何よりベートーヴェンですよ。タイトルで気付くべきでした。まさか「ヒロインが」ベートーヴェンだとは、思いもよらなかったけれど、可愛いから万事解決。こればかりはしょうがないですな。
姿形こそ、可憐でいたいけな少女だけれど、その中でくすぶる音楽、芸術への熱情は、まさにベートーヴェンのイメージそのもの。
この少女ルゥが、彼女以降の音楽を全て変えてしまうことになるのです。そしてそれを知っているのは、未来人であるユキと、我々読者だけなのです。
何より、ルゥが今作っている曲こそが、かの有名な交響曲なのです! ……なんて、きちんと曲を聴いたこともない私が言うのもなんですけれども。
ともかく、そう思うと、何かぞくぞくとしたものが背筋をかけ上がってくるような感覚に襲われます。歴史の重要な転換点を間近に見ている、そんな気分になってくるのですね。いや、もちろんファンタジー世界でのことだとは分かっているんですけれども。


芸術家として生きるため、少女は戦い、そして少年も立ち上がります。
音楽であれ、物語であれ。彼女ら芸術家の間に流れているのは、ただひとつ、同じものなのかもしれません。
他者を圧倒させることのできる天才たちは、気高くもどこか寂しい、でもそうすることしかできない、不器用な生き方を、まざまざと見せつけてくれました。
今しばらく、ルゥとユキに寄り添って、その作品が人々に与える感動を眺めていたいものですね。ねえ、メフィストフェレスさん。
とりあえず読み終えた今、ベートーヴェンの曲とゲーテの小説を片っ端から漁ってみたい誘惑に駆られています。
次が待ち遠しくてたまらないことですし、2巻が出るまでの間に、いくつか触れておけるといいなあ。きっと、感じることも違うんだろうなあ。


イラストは岸田メルさん。淡くて透明感のあるタッチが昔のヨーロッパという時代にぴったり。
裏表紙のミニキャラルゥのあまりの可愛さに悶絶しております。


主人公の設定といい、出てくる音楽家といい、曲といい、あの作品を読んでいる人は、間違いなくテンションだだ上がり。