まだまだペンキぬりたて

ライトノベルの感想

東雲侑子は恋愛小説をあいしはじめる

東雲侑子は恋愛小説をあいしはじめる (ファミ通文庫)

東雲侑子は恋愛小説をあいしはじめる (ファミ通文庫)

ストーリー
2年に進級し、東雲との関係が公になったことで心なしか賑やかな学校生活を送るようになった英太。
一方の東雲は初めてのスランプに陥り、英太と過ごす時間が減ってしまっていた。
そんな折、ちょっとしたことから、東雲が作家であることが学校に知れ渡ってしまい……。



恋のはじまりを描いたのが1巻だとするならば、今回で描かれたのは恋の進展。
いきなり、前回から半年以上経過してしまっていたのには驚きましたが、学年が変わっただけでふたりの間に大きな変化はなかったらしく、奥手だなあと思いつつもほっとしました。
この初々しさが何よりの魅力なのに、知らないところで恋愛に慣れてしまっていたらもったいないですもんね。
そこそこ長く付き合っているけれど、キスひとつせずに、少しデートをして一緒に過ごすだけ。
ずっとそんな関係でいられるのは、高校生の特権だと思います。大学生以上だったら、きっとこうはいかないんじゃないかな。いえ、大学生の恋愛についてそれほどよく知っているわけではありませんけれども。
ただの幻想かもしれませんが、付き合い出したきっかけがかなり特殊だったことを考慮しても、東雲が作家だということ以外は、わりと普通の、恋愛初心者同士のカップルだと思うのです。
別に特殊ではなくて普通だからこそ、英太の気持ちが想像しやすく、彼と一緒になって、読みながらもやもや思い悩むことができるのではないでしょうか。


今までふたりだけだった英太と東雲ですが、付き合っていることが公になったことや、東雲が作家だということが知られてしまったことで、ふたりの間に他の人たちが入り込んできました。
東雲のことがばれたときの英太の気持ちはよく分かります。ふたりの秘密、それも彼らが付き合いだしたきっかけとなった秘密が失われてしまったことで、東雲とのつながりがひとつ減ったような気がしてしまうのでしょう。
それ以外に確かなものがあれば、別に気にすることはなかったのかもしれません。
でも、半年経ってもまだ英太は恋愛初心者で、自分に自信があるわけでもなく、東雲の気持ちをしっかりと伝えられたわけでもないから、そんなささいなつながりにさえ、すがってしまいたくなる。
曖昧で、ぼんやりした、だからこそ居心地のいい、ふわふわした関係。
ちょっとしたことで壊れてしまいそうで、できるならこのまま、そっとしておきたい。そっとしておいてほしい。
英太が、周りの人たちに茶化されるのを嫌うのは、ただナイーブな性格をしているというだけではなくて、こんな気持ちがあるからではないかと思います。


英太の一人称で語られる物語ですから、ほとんど彼の方の視線でしかものを見ることができませんが、東雲ももちろん悩んでいました。
今回は特に、章初めの西園幽子の小説が、いい具合にはたらいてくれましたね。
ページ数は多くないけれど、この小説こそ、本文からはうかがい知れない東雲の中身そのものです。
口に出せないから、小説として外に出す。東雲が作家で本当によかったと思います。外に出す手段が残されていたのですから。
東雲はどんな気持ちでこれを書いたのでしょう。どんな気持ちでこれを渡したのでしょう。想像するだけで胸がきりきり痛みます。
きっと、わずかな勇気を振り絞って行動したに違いありません。頑張りました。
景介の言うように、ことばだけが大切ではないのかもしれないけれど、ことばで伝えるということは、やっぱり特別なことだと思います。
相手の気持ちを想像することも、もちろん大切なことですが、相手が想像してくれることに甘えてしまっては、その先に進めません。
自分から、相手に思いを届けること。それが伝えるということです。
ことばでも小説でも、またはそれ以外でも構いませんが、相手に分かるように、きちんと形にして伝えることが、ひとつ上への、「あい」のステップになるのではないかと思いました。


最後に、喜多川のことにも少しだけ触れておきます。ピンナップで出てきたときから「なんだこいつ」と思ってしまってごめんなさい。
彼女も、物語の中の大切な登場人物でした。喜多川でなかったら、今回のお話はきっと成立しなかったでしょう。
彼女の作った演劇が見てみたいですね。真面目で真摯で純粋な彼女に、いつか幸せが訪れますよう。


続くのかどうかはまだ分かりませんが、もし出るとしたら、3巻のタイトルはどうなるのでしょうね。そろそろ「る」が帯にひっかかりそうですが。