まだまだペンキぬりたて

ライトノベルの感想

山がわたしを呼んでいる!

  • ストーリー

タレントの雪乃に憧れて、標高2000メートルの山小屋でアルバイトを始めることにした女子大生・あきら。
暖炉やロッキングチェアのある、ハイジに登場するような場所を夢見ていたけれど、そこは想定外のオンボロ山小屋だった。
しかも、着いた矢先に口の悪い先輩と大喧嘩をしてしまって……。


山の知識ゼロの女子大生が山小屋でバイトに励む!
山の世界を描いた作品というものには今までお目にかかったことがありませんでした。かなり珍しいのではないでしょうか。
登山好きの端くれとして、こういう作品が出てきてくれるのは本当に嬉しいです。
文章で山の魅力がどれくらい伝わるものかと少々不安だったのですが、いやあ、面白かったです。


主人公のあきらは、ちょっと短絡的で単純なところがあるけれど、素直で純粋な女の子。
山に対して何も知らぬまま、標高2000メートルの山小屋のバイトとして働き始めることになります。
しかしまあ、なんだ、チュニックやボレロやスニーカーはまだ許せるとして、トランク抱えて山を登ろうとするってのはどうなんでしょうね!? いくらなんでも常識外れだと思います。
しかし逆に言えば、そんな格好で8時間半も歩き続けられたことが凄い。そうです、根性はある子なんです。
とある過去の傷から抜け出すために雪乃を好きになって、その雪乃に近づくために山へとやってきた彼女が、山小屋での生活を通じて少しずつ成長していくというのが、この物語の主筋ですね。


山小屋のアルバイト生活は見ていて楽しいし興味深いです。
朝は早く、夜も早く。特殊な米を炊いたり、布団を屋根で干したり。私も知っていることもあり、知らないこともあり。
本当に楽しそうなこともあれば、いわゆる汚れ仕事ももちろんあって、必ずしも美しいことばかりではない、山小屋の裏側を垣間見ることが出来ました。
山小屋で働いている人たちがまた魅力的なんですよね。
口が悪かったり、おちゃらけていたり、神経質だったりするのだけれど、それぞれが胸に秘めたものを持っていて、まっすぐに仕事と向きあい、前へ前へと歩き続けている。
あきらだけではなくて、大樹や武雄、曽我部、福山に宮澤といったサブキャラ陣についても、きちんと過去と現在を描き、山で生きることの重みを感じさせてくれました。


なんといっても素晴らしかったのは山の描写ですね。
斜面から谷を挟んで反対側の斜面を眺めたときの雄大な景色、草原いっぱいに生える高山植物、お花畑。そうそう、ガスが晴れたときにぶわっと広がるのがとてもいいんだよなあ。
高山の星空は本当に美しいものですし、あと、ああ、もちろん、ご来光ですね。
見渡す限りの雲海からお日様が顔を出すあの瞬間の美しさたるや。とろり、という表現はとても好きだなあ。


ううん、趣味のせいでどうも山のこと主体の感想になってしまいましたけど。
あきらが山での経験から何を得て、どのように過去を乗り越え、前を向いて歩き出すようになるのか、という変化の過程も丁寧に描かれていたので、そこも大きな見どころですね。
山は決して楽しいだけの場所でも、綺麗なだけの場所でもありません。嫌なこと、厳しいこと、辛いことだって溢れています。
それでも、そんな辛さを乗り越えてでも山に行きたい人がいる。それがなぜなのか、ということの一端を示してくれるお話だったと思います。
色々な角度から楽しめるお話でした。出るなら続きも、そうでなければ次回作もぜひ読んでみたいですね。


それにしてもあきらさん、尽くすタイプなんですね……。泣ける。