まだまだペンキぬりたて

ライトノベルの感想

とある飛空士への夜想曲 下

とある飛空士への夜想曲 下 (ガガガ文庫)

とある飛空士への夜想曲 下 (ガガガ文庫)

  • ストーリー

ヴィクトリア海海戦より半年後、天ツ上軍の撃墜王・千々石は、レヴァーム軍の飛空士たちに「魔犬」と呼ばれ恐れられていた。
しかし、物量に劣る天ツ上の兵士たちは、レヴァーム軍の果てしない攻撃を前に次々と命を散らしてゆく。
ついに姿を現したバルドー機動艦隊。迎え撃つ千々石は、ずっと思い続けてきたあの男との再会を果たす……。


凄かった。もうそれでいいんじゃないかな、と。
正直、色々と言いたいことはあります。こういうお話が好きか、といったら、必ずしもそうとは言い切れない。
でも読み終わったときに、しばらく心を持って行かれたのは確かです。
まったくこのシリーズときたら、毎度毎度、良くも悪くも凄すぎる。圧倒される。


今回は、シリーズの中でも恐らく一番、戦争の生々しさを描いていたように思います。
敵が、味方が、次々に死んでいく。脇役だろうが主要キャラだろうが関係なく、それはもう当たり前のように姿を消す。
無数の爆撃機が艦隊に突貫しては散っていき、戦闘機は格闘戦の末に弾け飛ぶ。
そんな空と海の戦いは、残酷なことに、情景描写に長けた作者によって、一幅の絵のように美しく描かれます。
かと思えば、泥沼化した戦場で、自分の命を捨てて敵中へ飛び込む兵士たちがいる。
誇りのためにとかなんとか言って、美談に仕立て上げているけれど、このあたりは全然好きになれません。
好きになれなくていいのだと思います。だって戦争なんだから。どんな理由であれ、自分から死ぬのが綺麗なことであってはいけないんだ。
かと言って、彼らがどうすべきだったのか私には分かりません。
読者の無責任というものですが、このどうしようもないやるせなさが、戦争というものを表しているのかなあ、などと、これまた無責任に感じるのです。
重い。嫌になる。そしてそんな戦争の中だからこそ、あの決闘が一時のきらめきとしてこれ以上なく輝くのでした。


天ツ上の天才・千々石。レヴァームの天才・海猫。両者による天空の戦いは、それはもう圧巻でした。
真電の姿が、アイレスの姿が実際に見えるような臨場感、全てを出しきって相手に臨むという必死の決意。
どちらかが空戦機動を出すたびに背筋が震えます。お互いに主人公です。どちらが勝ってもおかしくないだけに、緊張が解けません。
決着の決め手は、さて、なんだったのでしょうね。
ふたりとも最高の乗り手でした。運かもしれませんし、ほんのちょっとの気持ちの差かもしれません。どちらも見事でした。
一騎打ちなどと言いつつ、これもまた殺し合いです。でも、千々石と海猫にとっては、それを超えた意味があった。戦いのあとのやりとりが少し嬉しかったです。
バルドー提督のことも一言述べておくべきですか。彼のおかげでこの戦いが見られました。最低の男ですが、いい悪役っぷりでしたね。


ユキについては、何を言ったらいいか分からないので、深くは書かないことにします。
ただ、波佐見はいいはたらきをしてくれました。あれが正しい判断だったのだと思いたい。
最後の歌は染みました。重いけれどどこかに光が見える終わりになったのは、多分ユキのおかげです。
ため息とともにページを閉じました。
感情がぐちゃぐちゃです。でも、この作品を読めて良かったという思いも確かにあります。
ありがとうございました。次回作も楽しみにしています。


海が見たいな。